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2010年8月

2010年8月26日 (木)

ブログは毎日書くと閲覧者数が増えるという話

 ブログは10日にに1回平均で更新されている。10日に1回の更新の場合の閲覧数は2pv/日で、上位5%でも100pv/日しかないが、これを毎日更新すると平均で30pv/日、上位5%で1,350pv/日、上位0.03%では10,000pv/日を期待できる。

 
 以前より、ブログの閲覧者数を増やす方法を聞かれる機会が多く、その都度テクニックなどを教えていたのだが、一番わかりやすい方法として「毎日更新すること」を勧めている。根拠は明確で更新頻度と閲覧数には相関が有り、更新頻度を上げると閲覧数もあがるからだ。

 下図はブログの更新頻度と閲覧数の散布図で、1日あたりの更新頻度の対数は平均-0.931 標準偏差0.517で正規分布にちかい形で、1ヶ月の閲覧数の対数は更新頻度x に対して1.15×log(x)+2.94 を平均とした標準偏差0.835 の正規分布になっている。

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 わかりやすく”数字”に落とすと、10日に1回の更新(更新頻度の平均)では閲覧数平均は2pv/日、上位5%であっても100pv/日しかない。

 更新頻度をあげて3日に1回にすると平均で8pv/日、上位5%で400pv/日を期待できる。さらに毎日書けば平均で30pv/日、上位5%は1350pv/日、上位0.03%に至っては10,000pv/日を期待できる。これらは理論値であるが、実際のデータをみてもほぼこれと同じ結果となっている。

 とはいえ、毎日更新するのはかなり大変だ。一時期「ブログ脳」といわれることもあったが、ブログを書かんがために1日中ネタをさがすようになってしまうなど、毎日記事を書くというのはかなりつらい。

 楽をするためのテクニックは2つあり、1つはテーマを決めること。テーマを決めることで書くことが決まりやすくなるうえに、閲覧者にもどういうブログかを明確にすることが出来る。もう1つは「3行記事」を上手に使うこと。長文を書くのはなかなか時間がかかることなので、写真+3行程度で平日をやりすごし週末に長文を書くなどのスタンスがとれればそれほど負荷になることはない。

 某有名ブログでは芸能人とブログの契約をする際に毎日更新することを義務付けているなどという噂も耳にするが、毎日更新することは必然的に閲覧者数をあげることだから、ありえない話しではない。

 ただし毎日更新しても下位5%は0.6pv/日しか期待できないから、毎日書いているのに閲覧数が上がらない可能性もある。


 参考:http://www.infosocio.org/vol5no1-5.pdf



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2010年8月14日 (土)

ブロードバンド普及率・FTTH普及率と所得の関係 2010年3月末バージョン

 論文作成用に2010年3月末時点の、ブロードバンド契約数・FTTH契約数を総合通信局より持ってきて、県別の平均所得と世帯数を掛け合わせてデータを作りました。

 ブロードバンド・FTTHともに県別でみると普及率と平均所得に相関が有ります。

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「20103bb.xls」をダウンロード

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2010年8月12日 (木)

ネットによる大衆の小衆化

 Cass Sunstein 氏の著書「インターネットは民主主義の敵か」には集団分極化によるサイバーカスケードの危険性など、インターネットに対する数々の警鐘が鳴らされている。

 インターネットは多くの人をつなぎ合わせ、大量の情報を与えてくれるメディアである。しかしその一方情報が過剰に供給されることで、人々は自分にたいして心地よい情報しかとらないようになり(デイリーミー現象)、また自分にとって心地よい人間としかつながらなくなるようになる。これにより大衆は心地よい情報ごとに集団化し、グループ討議を通じてリスキーシフトを起こす。これは討議を疎外し民主主義社会をこわすのではないかというのが氏の主張である。

 ネットによる大衆の分断化(小衆化)は実際の問題として進んでおり、様々な場面でその問題に当たることがある。リスキーシフトが起こることによるサイバーカスケードは”炎上”とよばれる執拗な攻撃行動になって現れるし、ネット上の意見が保守化する”ネット右翼”現象などもネットが作り出した小衆の1つといえるだろう。

 しかし、多くの場面でこの危険性を考慮しないケースが後をたたない。逆に小衆をあつめて「成功」とみなすケースもあるほどである。小さい商店などではそれほど大量の動員が必要なわけでもなく、また余計なマイナス情報を集める必要も無いので「小衆」を集めるだけで十分なのだが、それなりの規模・責任のある組織・人ではそうもいっていられない。さらには組織のリーダーが自らに都合の良い意見だけを集めてしまい、選択を誤ってしまうケースも散見される。

 典型例として揚げられるものが2000年11月の加藤の乱である。2chなどのネット利用に長けていた加藤氏は自身のホームページに寄せられる意見、また2ch上の氏への支持意見を見て「これが世論である」と勘違いし倒閣運動へ走ったとされている。しかしそれはネット上のゴクゴク小さい小衆の意見であって”世論”でもなく、また小衆意見に同意する議員も少なく、乱は不発に終わった。

 人は自分に心地よい情報により積極的に接する傾向があるのだから、加藤氏のHPを見ている時点で彼の支持者である確率が高い。また2chなどのスレッドにしても森内閣に対して不支持の人が集まっている場での議論をみれば加藤氏の行動に支持があつまるのは当然で、それを持って自分が世論に支持されている勘違いしてしまうのはやむをえないが、悲しい現実である。

 逆に自分に対して耳障りな意見などを排除してしまうのも人の傾向である。twitterなどでは有名人たちが自分への耳障りな意見をいてくるものに対して、一時は相手をするもののやがて「ブロック」してしまうことはしばしばであるし(どうも無視するということが出来ないらしい)、ブログ等でも攻撃が恐いという理由でコメント欄を閉じてしまうことも良く見かけることだ。自らに不利な情報に耳をふさぎ、心地よい情報だけを得る。戦前の日本の失敗そのものがいままたネットで繰り返されているのだから、人間はあまり進歩していないのかもしれない。


 これらの問題を防止するためには、1つは情報をネットに偏らずに広く集める努力、またネット上の議論はしばしばリスキーシフトを起こすという認識、また賛否が分かれそうなときはネット上で賛否を闘わせること自体はサイバーカスケードを起こす要因となるので賛否を分けて意見収集・議論(スレッドを分けるなど)をして不要な攻撃行動をさせないなどが必要になる。

 ネットによる擬似的な直接民主主義に対する期待は大きいが、結論から言えば今はリスクを洗い出す段階であり、実現性は低い。いくつかのトライアンドエラーを繰り返した上に民主主義の敵ではないインターネット利用の方法が示されるであろう。

 
 

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