トップページ | 2010年7月 »

2010年6月

2010年6月30日 (水)

ネットと選挙 政治とネット

 ネット選挙解禁の議論で、「選挙を楽に戦いたいから解禁する」という主旨の発言をする政治家が多い。ネット選挙解禁は有権者が正しい判断をするための手段であって、政治家が楽をするためにあるのではない。むしろ政治家は大変になる。


 公職選挙法の改正によるネットの選挙活動への利用解禁(以下:ネット選挙解禁)は、自民党時代から議論され電子メールの利用解禁以外では自民・民主が合意していることから改正はまもなくだろうという期待がひろがっていたが、いまだに改正されていない。本国会でも議論が進んだが、終盤の政局によって廃案となってしまった。次の国会では成立しそうな流れであり、歓迎したい。

 一連の議論の中で気になるのが「選挙を楽に戦いたいから解禁しよう」という政治家が少なからず存在することだ。いくつかの政治家(議員や元議員)が登壇する勉強会に参加させていただく機会があったのだが、「選挙にはお金がかかる」から始まり「チラシやポスターなどは制限が有り、自分をアピールするのは大変」「マスコミの情報で当落がきまる」など、現行の選挙精度での苦労話をする方が多い。しかもネットに対しては”単なる利用者視点”しかもっておらず、ネットの普及による社会の変化に対する洞察がない方がほとんどだ。

 このような認識の議員・元議員に対して、質疑応答で「お前たちが楽をするためにネット選挙解禁をするのではない」と叱咤が飛んだこともあったが、彼らのレベルが低いのではなく、政治家のネットに対しての認識はたぶんその程度なのだろうと理解したほうが自然であろうとあきらめつつも、ネット選挙解禁に対する政治家側の期待と有権者側の期待の微妙なずれが常に気になっていた。

 選挙とは国民国家を支える機能であり、近代において(注:現在はまだ近代であるという学説を踏襲する)最も象徴的な制度である。近代を定義づけるものはいくつかある。近代は主に産業化と国民国家形成などがその定義とされているが、メディア視点でみれば新聞の普及も近代社会形成の重要な要素だ。新聞により情報がより効率的に共有されることで世論が形成され、国民国家が成立・維持される。テレビやラジオなども含めたマスメディアは世論形成=アジェンダセッティングがその力の源泉であり、社会から求められている役割である。

 ではネットの登場は「近代」において何を意味するのか。マスメディアとネットの決定的違いはプッシュ型メディアであるかプル型メディアであるかである。マスメディアはプル型メディアであるがゆえにアジェンダをセッティングする力があるが、ネットはプル型メディアであるがゆえに個々の興味・関心によって情報を引き出すための機能においてはマスメディアより優れているが、逆に興味・関心のないものに対して働きかける力は弱い。ネットが「島宇宙」とか「大衆ではなくて分断された小衆」のためのメディアなどとも呼ばれていることや、サイバーカスケード=炎上などのトラブルを引き起こしやすいのはそれゆえだ。

 ネットは社会全体のアジェンダをセッティングする機能ではなく、セッティングされたアジェンダを議論する場であると考えれば、ネットは「近代」において大衆がアジェンダに沿って一方向に向かうことで国民国家が成立していたことを突き崩し、大衆の島宇宙化、分断され細分化された小衆を形成する機能であり、ひいては「地域としての国家」をつき崩す役割を果たすであろう。

 さて話しをネット選挙解禁にもどすとすると、ネット選挙解禁は政治に何をもたらすかが課題である。過去の選挙は政権交代や郵政民営化などの争点が存在した。これは選挙が候補者本人の選挙活動を通じたアジェンダよりもマスメディアがセッティングしたアジェンダが優先されている証左で、前述の政治家の発言とも通じる。逆にいえば候補者はマスメディアがセッティングしてくれたアジェンダに沿って選挙活動していればよく、○○チルドレンなどとよばれる政治能力が明らかにかけているだろうと思われる人々がバッチをつける結果はこれから生まれたといっても過言ではない。

 ではネット選挙が解禁になったら選挙はどうなるか。マスメディアはアジェンダセッティングの役割からは離れないだろうが現在のように争点を決める機能は弱まり「選挙がある」というアジェンダのみを提供する機能に収縮していくだろう。個々の関心はさまざまである以上、ネットの登場によりマスメディアが今までやってきた大衆に対する呼びかけはむずかしくなり、島宇宙化・細分化された小衆の形成がすすむからである。小衆はそれぞれの関心にそって候補者のサイトを閲覧するようになるから、如何に多くのニーズを拾い上げ、そのニーズ(問題)を解決する能力があるかがこれからの政治家に今一層に問われる能力である。
 
 そうであるからネット選挙解禁は政治家を楽にするものではない。少なくとも大衆向けアジェンダのみにそった政治・選挙活動は通用しなくなるだろうし、有権者はより厳しい目で候補者が提示したアジェンダを見るようになる。

 そういう意味でネット選挙解禁は政治家を大変にするだろうが、それは適格者がバッチをつける結果になるから、有権者にとっては大いにメリットのあることである。
 
 

 
 

 

| | コメント (0)

2010年6月25日 (金)

twitterは構造的にブログよりも炎上しやすい。

 twitterは炎上しないという宣伝文句がある。しかし炎上の構造を考えたときに、twitterはブログなどにくらべて炎上しやすい構造にある。


 ネットの負の側面として強調されるものとして誹謗中傷(主に2ch)や成りすまし(特にtwitter)などもあるが、最も恐いとされるものの1つはやはり「炎上」であろう。私は炎上を「サイト管理者の意図する範囲を大幅に超え、非難・批判のコメントやトラックバックが殺到することである」と定義づけさせていただいている。定義をさせていただいた当時、炎上騒動はブログが中心であったことと、意図して非難・批判を集めるものは「釣り」と呼ばれ別に定義できることなどがこのようにに定義した理由だ。

 炎上するポイントはいくつかあるが構造としては単純で、他人の怒りを買うような記事等に対して反発のコメントが殺到する、というものだ。特に投稿速度に削除の作業がおいつかない様は、消火が延焼の勢いをとめられない「炎上」の様子そのもので、削除が追いつかない結果としてブログの閉鎖などが起きれば「焼け落ちた」などと評される。

 このような現象はサイバーカスケードと名づけられている。サイバーカスケードは米国の学者キャス・サンスティーンが著した「インターネットは民主主義の敵か」(Republic.com)で提唱された概念で、ネット上で集団極性化を起こす様子を滝が流れ落ちる様子に例えて作られた言葉である。詳しくは同書を参考にしていただきたい。


 twitterはしばらく(現在もなお)炎上しないサービスであると言われている。しかし構造から考えればtwitterは炎上を防ぐことが出来ない構造、炎上の構造そのものなサービスいえよう。

 twitterはそもそも「つぶやき」ゆえに誤解を生じるリスクが高い。なにげない一言を推敲することなく投稿してしまって誤解を与えてしまうことは私自身も経験し痛い思いをした。またRT文化があるので誤解が拡散しやすく、集団討議が繰り返される土壌があるためにリスキーシフトを起こしやすいというのもtwitterが持つ構造的なリスクである。(twitterはデマが拡散しやすいということは以前から指摘されているリスクでもある)

 そしてお互いのtwitがコメントに相当するがために、自らがコントロールすることが出来る範囲が小さいことは炎上を防止できない最大の理由だ。ブログなどはコメント欄を事後承認にすることでコントロールすることが可能であるが、twitterはお互いのtwitがコメントに相当する機能であるために、一度トラブルが発生すると自分ではどうにも出来ない構造にある。

 ネットトラブルは別途まとめさせていただいているが、今年に入ってからはtwitterが原因のトラブルが多くなっている。利用者が多く、アクティブなサービスゆえに相対的な数が増えているということもあるが「炎上しない」という幻想のもと、炎上の構造そのものであるサービスにて必然的にトラブルが起こっているとも言えよう。

 twitterには様ざまに語られている”メリット”のほかにも上記のようなリスクがあるのだということを認識した上で利用ることが無用なトラブルに巻き込まれないための1つの手段である。
 

 


 
 


| | コメント (0)

2010年6月23日 (水)

朝日新聞「コブク郎」にみるキャラクターを活用した企業・自治体広報

 最近企業や自治体関係者から「ネットを利用した広報活動はどうしたらいいか」という相談を受けることが多い。私からは1つの提案として「キャラクターに喋らせればいいんですよ」と応えている。

 企業・自治体の多くでも広報手段の1つとしてネットに注目があつまっているものの、充分なノウハウがないために二の足を踏んでいるところが多いようだ。特にネットに関してはネガティブな情報(炎上等のトラブル)が先行して伝わってしまっていることもあり「トラブルが恐い」という理由で躊躇してしまっているところもある。先日も某自治体の偉い方とお話しする機会があったのだが、かなり優秀な方であったのだがやはりネットを利用した(特に最近のバズワードであるtwitter)広報について、どうしたらいいか思案中ということであった。

 企業・自治体野中では意欲的な取り組みをされているところがいくつかあるが、最も成功し、他の模範となるものの1つが朝日新聞東京本社の報道局・編成局が利用しているtwitterアカウントのキャラ「コブク郎」(http://twitter.com/asahi_tokyo)であるといえよう。

 朝日新聞といえばその信頼性ゆえにネットではよく叩かれることが多く、どちらかといわれればネットでは嫌われ者であった。ただし、朝日新聞社そのものの潜在能力は高く(日本で最初にネットでニュースを配信したのは朝日である)、一部の人を除けばネットに理解のあるメディアの1つといってよい。twitterに関しても意欲的にとりくんでおり、各テーマ・セクションごとに公式アカウントを持っている(参考

 この中で最も人気のあるものの1つがコブク郎である。フクロウのキャラクターが時事ニュースなどを紹介しているサービスなのだが、このコブク郎の特徴的はキャラクターを生かした情報発信・受信ができているということだ。

 新聞社の堅いイメージからはかけ離れ「ですます調」でニュースを要約したり、ユーザー視点でニュースのポイントを示したりしている。またコブク郎あてにメッセージをすると丁寧な言葉で返事をするなど、いままでのマスメディアにありがちな一方的な情報発信ではなく、ユーザーとフラットな関係での情報発信・受信ができているところが画期的で、多くのユーザーから支持をされている。

 またリスク回避の視点からみれば、コブク郎というキャラクターを介す事で法人が発しているメッセージであるにもかかわらず公式発表としてとらえられない。たとえばコブク郎がなにか間違ったコメント(たとえば社の方針とはちがうコメント、または単純に打ち間違いなど)をしてしまったとしても、あくまでコブク郎というキャラクターが勝手に喋っているというスタンスをとれる。さらには多少ドジなキャラクターという設定をしておき、常日頃からユーザーとの信頼関係を築いておけば何かあっても「間違っちゃいました、えへへ」で許されてしまうのは大きなメリットだ。

 他にもキャラクターによる情報発信で成功した例がいくつかあるが、朝日新聞をとりまく一種の逆風の中、多くの支持を集めているという意味でコブク郎は注目すべき存在である。毒舌キャラでもいいし、常にドジをするキャラでもよい。または萌えキャラでもよいし、イケメンキャラでもよいと思う。多種多様な価値観が入り混じるネットコミュニティにおいて、その「輪の中」に入っていくためにはユーザーとフラットな関係を築いていくことが重要で、その意味でもキャラクターを介したコミュニケーションは今後の主流の1つとなるだろう。

 コブク郎はその成功例の1つであり、今後も企業・自治体広報の見本として注目をしていきたい。
 
 

 
 
 

 

| | コメント (0)

2010年6月 8日 (火)

ブログ始めました

 インターネットの中の人をやりつつ、ネットコミュニケーションに関して研究をしております。色々な方とやり取りする中で、自分のナレッジを公開したほうがよいだろうという判断をしました。

 炎上(ブログやSNS)防止がメインテーマですが、ミニブログ(プロフやリアル・ツイッター)などにも広げて、インターネットを利用したコミュニケーション全般の研究をしていこうと思います。

 インターネットの普及も一段落し、ほぼすべての人がネットに触れる環境に有ります。健全なネットコミュニティ育成のお手伝いができればと願っております。

 今後もよろしくお願いいたします。

| | コメント (0)

トップページ | 2010年7月 »